長沢芦雪の犬はかわいいだけじゃない

「かわいい日本画」として、少なからず取り上げられるようになった長沢芦雪の描く子犬。今回はそんな長沢芦雪の子犬について、かわいいだけじゃない面をご紹介。

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長沢芦雪略歴

長沢芦雪
長沢芦雪

宝暦四年(1754)京都に生まれる。『平安人物志』天明二年(1782)版に名が掲載され、京都文化人の仲間入りを果たす。師である円山応挙が完成させた絵を携え、応挙の代理として向かった紀州・無量寺や帰途の紀州路にて多くの作品を残す。写生を重んじた画風の師とは対照的に、奇抜な筆致・大胆な構図・機知に富んだ画風として知られ、現在では「奇想の絵師」の一人に数えられている。寛政十一年(1799)大坂(現在の大阪)にて亡くなる。享年46歳。

かわいい子犬は師匠譲り

子犬の絵を多く残している長沢芦雪。その元となったのは芦雪の師匠、円山応挙の描く子犬といわれる。下の絵はそれぞれ長沢芦雪の「薔薇蝶狗子図」と、円山応挙の「狗之子図」。コロコロとした子犬たちの特徴はよく似ている。

長沢芦雪「薔薇蝶狗子図」
長沢芦雪「薔薇蝶狗子図」
円山応挙「狗之子図」
円山応挙「狗之子図」

あえて両図を見比べた違いを挙げれば、応挙の子犬たちは犬そのものの丸っこいかわいさが強調されているのに対して、芦雪の子犬たちは後ろ足がダラリと伸びて、より「人間味」を感じさせる。

屏風とかわいい子犬の演出

屏風絵を美術館で鑑賞するとき、屏風はすでに開いた状態で公開されている。しかし、描いた屏風を注文主や寄進先に見せるときは、屏風は閉じた状態で持って行き、開きながら公開することになる。それを踏まえて屏風を開きながら見ていくと・・・

岩にカラス?

あっ!犬かわいい!

あー!象と牛だったのか!

美術館で「白象黒牛図屏風」という名前を知らされ、すでに開かれた屏風を鑑賞するのとは違った「遊び」がある。開かれる途中の屏風をよくよく注意深く見れば、尻尾や浮き出た背骨や後ろ足など「牛」と気づく手がかりはある。

しかし、犬のかわいさに気を取られていると、最後の屏風まで見なければそれと気づかせない巧妙な仕掛けになっている。しかも全て開いた後には、牛と象、子犬とカラスという2つの白と黒の対比が効いた構図になっていることに気づくことだろう。

犬で画題隠しの伏線

竹と犬と童子たちが描かれた芦雪の双幅の掛け軸絵。

これは描かれた竹と犬の漢字を上下に組み合わせると・・・

竹 + 犬 = 笑

となることから「一笑図」と名付けられている。竹と犬の組み合わせで「一笑図」とする、この画題は芦雪のオリジナルではなく、中国北宋時代の政治家にして文人の蘇東坡(そとうば)が始めたとされる。さらに芦雪は、捕えられてしょげた顔をしている子犬や、童子の股をくぐったり、股のあいだから顔をのぞかせたりする子犬を描いて鑑賞者をなごませる。

この「一笑図」には ”もうひとつの隠れた画題” があるといわれる。それは竹が描かれていない方の絵にある童子の股をくぐった子犬。これが「韓信の股くぐり」を表しているという。捕らえられしょげた顔した子犬は「股くぐり」という画題が見えないように隠されているようにも見え、画題隠しの伏線とも取れる。

解説:韓信の股くぐり

韓信は中国秦末から前漢初期にかけての武将。若い頃に町の若者に「いつも剣を大事そうに腰に下げているが、どうせ臆病者のオマエは人を斬ったことはないだろう。その剣で俺を刺してみろ。できなければ俺の股をくぐるがいい」とケンカを売られた韓信は争いを避け、言われるまま股をくぐる屈辱をあえて受けた。後に韓信は大成し、漢の天下統一に功績をあげる将軍となった。

この「韓信の股くぐり」の故事は、将来に大志を抱く者は目の前の小さな屈辱には耐え忍ぶべきという戒めとして使われるようになった。画題として描かれるときは、芦雪が描いたように「股をくぐる」者が韓信(人間)とは限らないケースもある。

芦雪作品常連キャラの黒い犬

長沢芦雪の子犬の絵には、なぜか後ろを向いた黒い犬が頻繁に出てくる。どれだけ頻繁に出てくるかというと・・・

ここにも!

ここにも!

ここにも!

ここにも!

ここにも!

ここにも!

漫画の神様・手塚治虫がひとつのキャラクターをいろんな役柄でいろんな作品に出演させた「スター・システム」のように、芦雪もいろんな作品にこの黒い犬を登場させることで師匠の円山応挙と違う「長沢芦雪の犬」をブランド化したとも考えられる。

もうひとつ、前述した「一笑図」と同じように漢字の組み合わせを考えてみると・・・

黒 + 犬 = 黙 となる。

「黙」という文字には「だまる」の他、「何もしない」という意味がある。一説には、芦雪の分身、あるいは禅宗で伝わる「趙州狗子(じょうしゅうくし)」を表しているといわれる。

解説:趙州狗子(じょうしゅうくし)
趙州狗子とは、「犬に仏の心(仏性)はあるか」と問われた趙州禅師が「無い」ではなく、ただ「無」と答えたことについて、どういう意味なのかを考える禅の公案のひとつ。狗子仏性(くしぶっしょう)ともいう。禅寺の和尚とも交流のあった芦雪は禅画も多く残しているが、この黒い犬も禅の画題を表している可能性が指摘されている。

まとめ

長沢芦雪の描く子犬たちは前知識がなくとも、無類のかわいさで楽しめる。芦雪が作品として提示されたものに対して、どう受け取るかは鑑賞者次第。しかし、そのかわいさの裏には芦雪が仕掛けたトリックやお題があるかもしれない。

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参考資料

『開館二十五周年記念 長沢芦雪展 京のエンターテイナー』図録 愛知県美術館・中日新聞社編
『東洋画題綜覧』金井紫雲