図録じゃ伝わらない浮世絵版画技法

浮世絵を間近で見ると、美術展の図録では見過ごしてしまう細かな版画技法に気づかされる。今回は実際の浮世絵を使って、図録では伝わらない版画技法についてご紹介。

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技術的な円熟期を迎えた明治期の浮世絵

江戸後期に全盛を極めた浮世絵も明治に入り、西南戦争が終わるのを機に衰退し始める。しかし、そんな時代の流れに逆行して、明治の浮世絵の版画技法は円熟期を迎えていた。

今回、版画技法の紹介で使用するのは、幕末から明治にかけて役者絵の名手として活躍した浮世絵師、豊原国周による「市川団十郎演芸百番 局岩藤」(明治31年発行)。市川団十郎が演じる悪役の女性、「局岩藤」を描いた1枚だが、このなかにはいろいろな版画技法が詰まっている。

市川団十郎演芸百番 局岩藤
市川団十郎演芸百番 局岩藤

浮世絵版画技法

空摺り(からずり)

まず襟元(えりもと)を見てみよう(下1枚目)。襟元からのぞく白襦袢に凹凸のついた模様がついている。これは版木に絵の具をつけずに摺りを行い、凹凸の模様をつける技法で空摺りという。このように白や黒の色面で使われることが多い。

背景に目を転じると(下2枚目)、草花の文様が空摺りで表現されている。背景の色数を抑えながらも細かいこだわりが感じられる。

上部に枠取りされて傘が描かれた「コマ絵」の背景(下3枚目)には、布のような凹凸がついている。これは空摺りの一種で布目摺りといわれる手法で摺られている。本物の布生地の凹凸を押し当てて、こすり写したものだ。このようなコマ絵の背景や、布が描かれた上に使われることが多い。

空摺りに似た技法で、凹面の版木を絵の具をつけずに摺ることで、紙に凸面のふくらみを持たせて立体感を出すきめ出しという技法もある。

空摺り その1
空摺り その2
布目摺り

正面摺り(しょうめんずり)

続いて、着物に目を向けると紫に近い群青色が一面に摺られている(下1枚目)。しかし、照明や浮世絵自体の角度を変えて見てみると、着物の文様が浮き出てくる(下2枚目)。

これは正面摺りという技法。まず下地の色を摺った後、摺りあがった色面に合わせて文様などを彫った「正面板」を用意する。正面板の上に摺り上げた作品の表を上にして置き、バレンやヘラなどでこすることで正面板の形を浮き立たせていく。光の当たり具合で、摺った面が正面板の模様に合わせてツヤが出て光って見えるというわけだ。

正面摺り その1
正面摺り その2

雲母摺り(きらずり)

今度は帯に目を向けてみる(下1枚目)。これも角度を変えると、帯の左側が光って見える(下2枚目)。これは雲母摺り(きらずり)という手法で、雲母(うんも)の粉を使ってキラキラと光る効果を狙ったもの。

雲母摺り その1
雲母摺り その2

雲母摺りには、絵の具に雲母を混ぜて摺り上げる摺り雲母、接着剤の役割を果たすニカワを紙に摺って雲母をまいて付着させ、不要な雲母を刷毛で払い落とす撒き雲母、雲母とニカワを混ぜ合わせたものを刷毛で狙ったところにのせていく置き雲母がある(今回の絵は摺り雲母)。下地に墨一色の黒を使うと黒雲母、紅を使うと紅雲母、下地が無地だと白雲母と呼ばれることがある。

金銀摺り(きんぎんずり)

最後に簪(かんざし)を見てみよう。こちらも灰色に見えていた簪(下1枚目)が、角度を変えると銀色に光って見える(下2枚目)。これは金粉や銀粉を摺りつけて研ぐことで光沢を出していく金銀摺りと呼ばれる手法。保存状態が悪いと銀の黒ずみが目立つ場合もあるが、保存状態がいいものは正面から見ても光沢が美しい。簪などの金属装具の他、月や刀などで使われることが多い。

金銀摺り その1
金銀摺り その2

美術館での楽しみ方

観る角度を変える

これまで紹介してきた浮世絵の版画技法は、浮世絵を手元で角度を変えることで楽しめることができる。しかし、美術館での展示では浮世絵の展示場所も照明の角度も変えることはできない。よって鑑賞者側が観る角度を変えるしかない。

照明の関係上、これらの版画技法は、しゃがんで観たときが一番わかりやすい。浮世絵展示の前で立ったりしゃがんだりするのは、ちょっと抵抗があるかもしれないが、一度やってみると特に「正面摺り」「雲母摺り」で、その違いに驚くことだろう。

単眼鏡で観る

「空摺り」「金銀摺り」などで細かい摺りを行っているものは、単眼鏡で拡大して観るのが効果的。これまで述べてきた摺り師たちの施した版画技法の他、細密な生え際の毛彫りなど彫り師たちの労力にも気付かされる。

まとめ

今回紹介した版画技法は、摺りに関する一端にすぎない。浮世絵版画は絵師の描く絵や構図はもちろんのこと、彫り師や摺り師の細かなこだわりが生み出す魅力がある。描かれた絵を楽しむとともに、こうした版画技法で生み出された表現に注目してみると新たな楽しみ方ができるかもしれない。

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