幕末の浮世絵師が躍動する時代小説『ヨイ豊』

幕末から明治へと変遷する時代のなかで、浮世絵と一門を守ろうとした清太郎こと二代歌川国貞の日々を描く時代小説『ヨイ豊』を読んでみた。

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『ヨイ豊』基本情報

ヨイ豊 (講談社文庫)
著者 梶よう子
出版社 講談社文庫

軽妙な描写や人情話の時代小説を得意とする著者の梶よう子作品のなかで、『ヨイ豊』で描く重厚な人間模様は異色作。その他の浮世絵界を描いた作品として、葛飾北斎や近年注目を集める北斎の娘、お栄が登場する『北斎まんだら』、浮世絵のなかでは裏方として光が当たってこなかった摺師に焦点を当てた『いろあわせ』がある。ちなみに『ヨイ豊』の表紙カバー絵を描いているのは『茶箱広重』を描いた一ノ関圭である。

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『ヨイ豊』の時代背景

元治二年(1865)如月、清太郎の師匠で、義父でもある三代歌川豊国の七七日法要が営まれる。三代は当代きっての花形絵師。歌川広重、歌川国芳と並んで「歌川の三羽烏」と呼ばれた。すでに広重、国芳を亡くし、歌川の大看板・豊国が亡くなったいま、誰が歌川を率いるのか。版元や絵師、後援者たちなどが集まった弔問客たちの関心はそのことに集中した。

清太郎には義弟の久太郎と、弟弟子の八十八がいた。久太郎は清太郎と同じく、門人から婿養子なった弟弟子。そして八十八は、清太郎より歳が一回りも下の弟弟子。粗野で童のような男だが、才能にあふれている。八十八が弟子入りしてすぐに三代はその才能を認め、挿絵を大抜擢で任せたりしたものだ。かたや清太郎が三代に褒められたのは、生真面目さしか覚えがない。その上、版元たちからは、三代の通り名「大坊主」を文字って、「小坊主」と呼ばれる始末。いったい、誰が歌川の大名跡「豊国」を継ぐのだろうか。

主な登場人物

三代歌川豊国

初代歌川国貞。歌川広重、歌川国芳とともに「歌川の三羽烏」として浮世絵界の重鎮として君臨。清太郎は娘婿にあたる。

二代歌川国貞(清太郎)

本作の主人公。歌川国政の名を継いだ後、師匠の名跡である国貞を継いだ。師匠亡きあと、大名跡「豊国」を継ぐものと周りから期待されるが・・・

お鈴

主人公の妻。三代歌川豊国の娘。夫の仕事には口出ししない性格だが・・・

二代歌川国久(久太郎)

清太郎と同じく、三代歌川豊国の娘婿であり、義弟にあたる。

お勝

三代歌川豊国の娘で、二代歌川国久の妻。「豊国」を継ごうとしない清太郎のことを情けなく思っている。

豊原国周(八十八)

三代歌川豊国門下でも随一の腕前を持つ絵師。清太郎にとってはひと回り歳が違う弟弟子であり、画才も認めるところで腕前だけなら「豊国」を継ぐのはコイツではとの思いがふとよぎる。絶えず住居を移すなど何かと破天荒。

河鍋暁斎(狂斎)

豊原国周と交流のある絵師として描かれる。幼い頃、一時は歌川国芳門下だったが、狩野派絵師へ弟子入り。狩野派絵師を自負しながらも狩野派が手を付けなかった浮世絵を狂画として描くなどした。

歌川芳豊(兼吉)

初代歌川国貞の弟子だったが、三代「豊国」襲名を機に歌川国芳の弟子へと鞍替えをする。国芳は三代豊国襲名への当てつけか、国芳の「芳」と豊国の「豊」を合わせた名を与えたとも言われる。

歌川貞雅(雅之助)

三代歌川豊国と清太郎の弟子。倒幕の危機を迎えるなか、武家出身として苦悩する。史料では、三代歌川豊国の弟子として名前が挙がっているが、詳細はわかっていない。

葛飾北斎

云わずと知れた有名絵師。主人公の師匠が三代歌川豊国を襲名した際に祝いの席に現れた様子が描かれている。

二代歌川広重(重宣、鎮平)

初代広重死後すぐに広重の娘を妻とする婿養子の形で二代目の「広重」を継ぐ。後に「広重」を返上し、横浜に移住。開国文化香る「横浜絵」や海外輸出用の茶箱に貼り付けた宣伝用の浮世絵を手がけて「茶箱広重」と呼ばれることになる。

月岡芳年

歌川国芳の弟子。セリフのなかで登場する他、上野戦争で残された亡骸を写生して廻る狂気の芳年が描かれている。(実際に弟子の金木年景と上野戦争を写生しに行ったという証言が残っている。)

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あらすじ

一、梅が香の章

歌川の屋台骨を支えていた三代歌川豊国が亡くなり、ついに歌川の三羽烏(広重、国芳、三代豊国)全員がこの世にいなくなってしまった。横浜が開国でにぎわい幕藩体制は揺らぎを見せていた。版元たちは、大名跡「豊国」を清太郎に継いでもらって大いに売り出したいところだが・・・

二、梅襲の章

「豊国」襲名には因縁があった。歌川豊重が初代歌川国貞らを無視する形で「豊国」を襲名。しかし豊重が「豊国」を返上して空位となっていたときに今度は歌川国芳らを無視して襲名したのが三代歌川豊国だったのだ。これで国芳との不和が決定的となってしまった。名跡の重さを肌身で思い知った清太郎自身も二代目「国貞」を襲名するのであった。

三、裏梅の章

三代豊国の死で再び空位となった「豊国」の名跡を誰が継ぐのか。二代広重を継いだ歌川重宣は「広重」を返上していた。フランスで開催の万国博覧会に出品する肉筆画を描く絵師11人のうちに選ばれた清太郎だったが、絵の売れ行きはさっぱり。八十八に売上げを追い抜かれていることを版元から聞いてしまう。

四、梅が枝の章

江戸から明治に移り、江戸絵が官憲からにらまれる時代になってしまった。八十八は豊原国周を名乗るようになった。歌川姓を捨てたように思える名だが考えあってのことだった。そんなことも知らず清太郎は反発心もあって四代「豊国」を継ぐと決める。しかし「豊国」を継いだ清太郎も絵の道を捨てざるえない事態に直面してしまう。

五、終章

清太郎亡き後、弟子の雅之助は画廊を開いていた。洋風かぶれの美術学校助教授を相手に、本作のタイトル「ヨイ豊」や豊原国周と名乗った理由が明かされるのであった。

まとめ

「茶箱広重」同様に師匠の名跡を巡る苦悩が描かれている本作。陽気に立ち回る八十八(豊原国周)ではなく、生真面目で大成できなかった清太郎を主人公にすえたことで、重厚な人間ドラマとなっている。

さらに幕末から明治にかけての浮世絵界を眺望できる他、ちょい役で豪華な顔ぶれの絵師たちが登場するのも読みどころだ。最後の最後で名前が明かされる絵師や、直接名前が出てこないが名前が特定できる人物もいる。トリビアや歌舞伎界の姿も細やかに描かれており、参考文献の多さからも周到な下調べの後が垣間見れる。

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